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誕生日とは

一年ぶりに誕生日を迎える事となった。
懐かしい知人より「一日早いけど、おめでとう」なるメールを頂き
ほっこりと嬉しい気分になったので、久しぶりにブログに向き合う。

 さて、私は昔から誕生日をお祝いされるのははあまり嬉しくないところがある。
もちろんみんなに集まってもらって嬉しい、ありがたい、楽しい!
という感情はもちろん人並みには有しているつもりではあるが、
こぞってそんなにめでたいのかなあ??と思うちょっと冷めたところもある。

本来お祝い事とは、得てして主導権は祝われる側にあるのではなくて、祝う側にあるものである。
祝う側のテンションが高ければ高い程、悲しいかな祝われる側のそれは反比例して行くものである。

私はずっと飲食業に携わっていて、人様の誕生日は数々携わらせて頂いた。
たとえ関係の薄いお客様であっても、誕生日をお祝いするのは楽しい事だし喜んでる人を見るのは決して悪い気はしない、いやむしろ嬉しいし幸せな気分になる。

よって、私は誕生日が嫌いな訳ではなくて単に照れくさいのだけかも知れない。祝われる側よりも祝う側の方が向いているのかも知れないなあと・・おもう。


誕生日はみんなにパーティーを催して頂くのもまた良いが、1人で静かに迎えたいものだ。

理想は、静かなバーでつかず離れずのバーマンにそっと一言
「いつもよりもいいウイスキーにしておきましたよ・・」
くらいのお祝いでちょうどイイ。フェイスブックなどもっての他である。


私にとって誕生日とは人生における【リトマス試験紙】のようなもの。
「一年前の9月23日何してた?」って聞かれても、自分にゆかりのない日であれば覚えている事は稀だろう。
だが、
「去年の誕生日は何してた?」って聞かれればだいたいが思い出せるのではないのかと思う。
その日の天気、行動、誰と過ごしたか、どんな会話をしたか、下手したら食べたものまで思い出せるかもしれない。
その日その時自分の見えた物が今日(今年)はどんな風に映っているのだろうか?それを自身に問う日でありたいし、
また、昨年と同じ色、同じ匂いに感じているのであれば成長のない証拠である。



誕生日という日をもって、【人は誰しもが二面性(社会に順応に適合する自分と自己同一性・アイデンティティー)を抱えて行きて行かなければならない】、を言う考えを自分なりにまとめて行ける一つの【節目の日】として捉えたい。












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Author:HDO
(株)林デザインオフィス
  代表取締役 林泰弘
日々、ただただ楽しい事を模索して生きております。
飲食店をこよなく愛し、そして誰よりも飲食店を楽しむ!
をモットーに活動して行きたいと考えております。

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